16歳の誕生日を迎えた息子は、お祝いに友人からラーメンをおごってもらった。子供にとってラーメンはマックのハンバーガーに並んでご馳走である。一食900円はするラーメンを家族で食べに行くことははばかれる。かつてラーメン屋でアルバイト経験がある自分は、麺あげの技術だけは自慢だ。スープをとることもできるかもしれないが、どこで豚骨を仕入れていいか知らないので市販のスープに頼らざるを得ない。アルバイト先のラーメン店は函館塩ラーメンが売りで、札幌に進出してきた出始めのラーメン店であった。エスタのラーメン共和国ができる前の話だ。ラーメンブームの前だったせいか、客足は伸びず廃業してしまった。そこには一年半ぐらいいたが、マスターとのそりが合わず首になってしまった。ラーメン、餃子、チャーハンは食べ放題で、マスターが大の納豆好きで毎日一緒に納豆ご飯を食べていた。それ以来納豆なしでの朝ごはんは考えられなくなった。ラーメン店を皮切りに飲食店で包丁を握るアルバイト生活が始まった。これは何よりの強みで、今こうやって自力で調理して子供たちを食べさせることに繋がったのだから、へんに就労して生活力のない人間にならなくて済んだ。息子は一人で帰宅後「カラオケに行くのでいいだろうか?」とラインで聞いてきた。どうせ明日は休日だしカラオケを満喫させたいと思ったので、自宅の玄関の鍵をきちんと閉めることを確かめさせて行かせた。まけまけが終わって帰宅してみると、部屋は片付いていた。普段、息子は学生服も靴下も床にそのまま脱ぎっ放しで、洗濯機に入れることすらしない。それが今日に限って、長袖のシャツも靴下も洗濯機に入っているし、学生服もハンガーに掛けられワードロープの所定の場所につるされているではないか。さすが16歳だ。もちろん今日だけのことで、明日からは脱ぎっ放しになることだろう。親離れ子離れは早いほうがいい。5080問題は経済大国日本特有の社会問題だ。子供の生きる力を信じてサポートしていきたいものだ。
イガチョフ