「ラーメン食って、蕎麦食って、スパゲティー食って、おら幸せだな」昔お世話になった観光農園の社長の名言だ。農業をやっている人だけあって体の重心が低い位置にあり、大地に足がしっかり根付いた歩き方をする。スキンヘッドで頬が紅潮してとても陽気な人だった。自分がまだ結婚する前のことで、函館の隣町、七飯町で観光農園が運営するグループホームにいたときの話だ。この農園では、りんごを栽培する一方、蕎麦屋も経営しており、蕎麦打ち体験もできることで評判だった。学生時代、函館で社長のお兄さんに当たる人と飲み歩いて知り合いになり、そのお兄さんにもいろいろと面倒をかけた。当時は勉強をほったらかしにして、昼は喫茶店、夕方に銭湯で汗を流すと、そのまま夜はバーへ直行する日々だった。そのお兄さんは運送会社を経営していたが、奥さんにペンション経営を任せていた。そこでペンションの管理人の仕事をやってみないかと誘われたのだった。管理人として、掃除や朝食の手伝い、留守番などがあった。たいした仕事ではないわりに、バイト料は15万円ももらっていた。親からの仕送りもあわせると相当な額になった。周りの人間は社会的にも高い評価を受けて活躍している人ばかりで、学生という身分を利用して自分も負けずに言いたいことを言っていた。怖いもの無しで、物怖じせず対等の立場で話すことができた。こんな調子だから、やがて立場が悪くなり、地元にいられなくなった。荷物をまとめて親元に戻ったが、どういう気持ちで列車からの景色を見つめていたのだろうか。あれから25年の歳月が経った。自分も子の親となり落ち着きが出た。馬鹿な真似はできないのは当たり前のことで、冷静な判断に基づいて行動できるようになった。生活保護を受給しているので安心して生活できる。いつまでもこの生活が続くという保証はどこにもないが、次の一手を考える持ち時間はまだある。まけまけで気が紛れるのが救いだ。子供たちが巣立ったらまた函館で再起を図りたい。そう先の話ではない。
イガチョフ